ちょっとこわい 2015.03.25

hana

hana

そろそろアメンボが目覚める頃かと、

いつもの小川沿いを歩いて探す。

アメンボは、まだいない。

アメンボは、まだ眠っている。

冬眠に失敗して、そのまま目覚めない

アメンボもいるのだろう。

ちょっとこわい。

 

サクラの木の根元に、

イボみたいに飛び火した蕾が開いていた。

上の桜は、まだ咲いていない。

きれいというよりも、ちょっとこわい。

 

モクレンの花のつぼみが、膨らんでいた。

遠くからみると、白い鳥が、

鈴生りになっているみたいに見える。

可愛いというよりも、ちょっとこわい。

 

ネコヤナギの花穂が出ていた。

残酷で大きな生き物が、

小さな生き物の群れをむさぼり食べて、

尻尾だけ食べ残して枝に刺したみたいだと思った。

触ってみたら、柔らかかった。

本当に尻尾みたいだな、と思ってしまった。

本当にちょっとこわくなった。

 

物語ではこういう時、

小さな生き物の群れの中で、

1番小さな子だけが逃げ延びて生き残って、

いつか大きな生き物に復讐するのだ。

それもまた、いつかの春の事だろう。

大きな生き物は、食べ損ねた小さな生き物を、

高を括りながら、でも、いつもどこか怯えながら、

春を過ごすのだろう。

 

いるはずのない小さな生き物と大きな生き物に、

どちらもがんばれ〜、と思いながら帰った。

いい場所 遠い場所 2015.03.17

nami

nami

昔お世話になった人が、亡くなった事を知る。

 

最近お見かけしなかったけれど、

「いい場所を見つけたから、移住しようと思う」

という話を聞いていたから、

その遠い場所で、元気に過ごしているのだと思っていた。

驚いたのと、実感が湧かないのとで、

なんとなく、1日ふわふわと過ごす。

 

まだ仕事がほとんどなかった頃、

少し、その人の手伝いをさせてもらっていた。

今流行りの、勉強という名のただ働きなんかではなくて、

ちゃんとお金も貰っていた。

 

当時はあまりよく考えなかったけれど、それは、

その人のさり気ない優しさだったのだと気付いた。

いくら人手が必要だったとしても、

何の経験もない若者に手伝いをさせてくれるなんて、

それ以外に考えられない。

少しでも生活の足しになれば、と思ってくれていたのだろう。

 

もっと、心からお礼を言わなくてはいけなかったし、

さり気ない優しさに、

その時ちゃんと気付かなければいけなかった。

 

その人が、いい場所、と言っていた場所に、

いつか行ってみたいな、と思った。

3月ウサギ 2015.03.16

3gatsuusagi

3gatsuusagi

夜中に窓を開けてみると、

斜め向かいの建物の壁に、チラチラと動く物が見える。

 

風で揺れる木の影が映っているのだ。

大きな木に、2足歩行のウサギが、

頭を打ち付けているように見える。

狂ったように、何度も何度も、せわしなく。

 

3月ウサギだな、と思う。

明日は、帽子屋がやって来るかもしれない。

勘違い 2015.03.01

kumo

kumo

朝、2度寝をしていると、部屋の中に生き物の気配がする。

おかしい。

私は生き物なんて飼っていないのに。

何か紛れ込んだのだろうか?

 

うつらうつらと考えていると、

生き物の気配は、どんどん近付いてきて、

ついにベッドに乗ってきた。

寝ている私の顔に、クンクンと鼻を近付けている。

髭がくすぐったい。

 

猫だ。

今目を開けたら、驚いた猫に顔をひっかかれるかもしれない。

ここは、慎重にいかなければ…

 

と思ったところで、はっきりと目が覚めた。

勿論、猫なんていなかった。

 

私は直観的に、ついにあの子が召されたのだ、と思った。

あの子というのは、友人の家の猫で、

もういつ召されてもおかしくない、たいそうな老猫の事である。

飼い主も、今年の冬は越せないかもしれない…

今年の夏は越せないかもしれない…

と、数年間言い続けている。

家族でもない私に、別れの挨拶をしに来てくれたのだろうか?

律儀な猫だなぁ、としんみり思った。

 

昼間、確信を持って、飼い主に猫の安否を確認してみる。

「元気だよ!」と、少し怒られる。

勘違いでよかった。

ブロッコリーの夢 2015.02.16

blocco

blocco

夕飯のために買ってきたブロッコリーが、

大変立派だったので、まな板の上に立ててみる。

 

立った。

フラフラする事もなく、とてもバランスよく、

いとも簡単に立った。

あまりに見事なので、しばらく眺めてみる。

 

木だ。

これはもう、木だなぁ、と思う。

 

眺めてばかりいても、夕飯の支度が進まないので、

房に切り分ける。

 

木だ。

房に分けても、やっぱり木だ。

 

ブロッコリーは、木になりたいのだろうなぁ、と思う。

植物だから、「木になりたいなぁ」などとは言わないけれど、

その意気込みは、相当なものに違いない。

 

そんな、夢いっぱいのブロッコリーを食べるのが、

なんだか気の毒になってきた。

ブロッコリーを放っておいたら、

木になる可能性はあるのだろうか…?

 

残念ながら、ないだろう。

調べたわけではないので、定かではないけれど、

木になるどころか、ひょろひょろと細長く伸びたりして、

挙げ句、花が咲いたりするのだろう。

 

ブロッコリーは、自分が理想とする自分から、

どんどん遠ざかっていく自分を知って、

きっと、ひどく落ち込むだろう。

途中までうまくいっていたのに、どこで間違えたのだろう?

と、自分を責めるだろう。

ブロッコリーの運命は、残酷だ。

 

だったら、

夢いっぱいのこの時に、食べてあげたほうがいいのだ、

と思って、シチューに添えて、ムシャムシャ食べた。

美味しかった。

見えない象 2015.02.12

zou

zou

外を歩いていると、時々象みたいな匂いがする事がある。

動物園の、あの、象の匂いだ。

 

きっと、ゴミの匂いとか、土の匂いとか、

鳩の匂いとか、犬のフンの匂いとか、

色々な匂いが配分よく混じって、そんな匂いになるのだろう。

 

でも、見えない象がいるのかもしれない、と思う事もある。

そう考えた方が、面白いからだ。

 

見えない象は、何をしているのだろう?

何を考えているのだろう?

 

期間限定の透明生活だったら、楽しんでいるかもしれない。

無期限だったら、悲しい気持ちでいるかもしれない。

それとも、もう、すっかり慣れてしまっただろうか?

 

象の匂いがした時は、私は大げさに鼻をクンクンして、

不思議そうに辺りをキョロキョロ見回す事にしている。

もしも、象が楽しんでいるのだとしたら、

そんな人間を見て、より一層楽しいだろうし、

もしも、悲しい気持ちでいるとしたら、

匂いだけでも気づく人間がいるという事を、伝えたいからだ。

ほんの少しだけど、見えない象のなぐさめになるかもしれない。

 

象の匂いは、春先によく遭遇する。

もう、そろそろだ。

いつ何時、見えない象とすれ違っても良いように、

さり気なく、でも分かりやすく、

クンクンキョロキョロする準備を、しておかなくてはならない。

祭のあと 2015.02.05

mizore

mizore

先日、例の天狗まつり・鳩界の大祭が行われた。

(詳細→鳩たちの増加 2015.01.22)

ところがそこでは、予想外の事が起きていたのだ。

 

天狗一行が豆をまいたそばから、

大学生風のボランティア団体が、清掃をしている。

その素早さと一生懸命さとクリーンな雰囲気は、

某遊園地にも引けをとらないほどの素晴しさで、

近隣の人たちの助けになったに違いないけれど、

この日を生き甲斐にしてきたであろう鳩たちの

無念さを思うと、なんともやり切れない。

悲しい気持になって、たいして祭を鑑賞する事もなく、

その日は帰宅したのであった。

 

良かれと思ってした事が、

誰かの生き甲斐を奪ってしまう事もあるのだ。

みんなの幸せというのは、なんて難しいのだろう。

そんな事を悶々と考えて、数日が経った今日。

 

冷たいみぞれが降る商店街の一角で、鳩の群を見た。

アスファルトの溝に残っていた僅かな豆カスを、

皆夢中で啄んでいる。

水溜りには豆カスが溶けた豆汁的なものが出来ていて、

これもいける、といった様子で、飲んでいる鳩もいる。

そうこうしている間にも、新たに飛んでくる鳩がいる。

クルルクルル…という鳴き声が、みぞれの音にまじって

かすかに響いていた。

 

よかった。

鳩たちの豆にかける想いに、胸がいっぱいになった。

みんなが幸せになる方法は、きっとある、と思った。

鳩たちの増加 2015.01.22

hato

hato

ここ数日、ひそかに鳩が増え続けている。

ちょっと外に出ると、鳩に会う。

少し歩けば、また鳩に会う。

ふと見上げれば、鳩が飛ぶ。

 

1番顕著な例は、いつも駐車場に1羽だけでいる鳩が、

3羽に増えている事だ。

辺りの鳩が、およそ3倍に増えているという事だろう。

これはもう、例の祭が近付いているからに、違いないのである。

 

例の祭というのは、「天狗まつり」といって、

天狗が街中を練り歩きながら、道中で豆まきをするという、

近所の節分的な祭の事である。

 

大変シンプルな祭なので、街が興奮に包まれるという事はなく、

人々は割と冷静な態度なのだけど、鳩たちの意欲は相当なもので、

「祭のあと」というと、一般的には物寂しい雰囲気が漂うものだけれど、

鳩たちに関してはそれは皆無、むしろ祭は終わらない、といった様子で、

その後1週間ほど、街は豆の潰れたキナ粉臭と、鳩たちの熱気と、

クルルクルル…、という鳴き声に包まれ続けるのである。

 

その、鳩界の大祭が近づいている。

鳩は、天狗まつりの告知ポスターを読んだり、

天狗まつりについての噂話を理解したりはしないだろうけれど、

本能的に、そろそろじゃないか?と勘付いて集結し、

その日に備えているに違いないのだ。

 

高下駄を履いた、1人で歩けない天狗の切なさ。

街の人たちの冷静さ。

そして、鳩たちの熱気。

 

そのバラバラな、自由な感じを想うと、胸がきゅうとなる。

ひとつだって、欠けたらイヤだ。

 

私も、あの祭を心待ちにしているのかもしれない。

勿論、鳩たちの想いには、とてもかなわないけれど。

世界中にこんにちは 2015.01.19

inu

inu

遊歩道の向こうから、奔放そうな大型犬を連れた、

小柄なおじさんが歩いて来る。

 

“連れた”と書いてはみたものの、

実際は、“連れ回されている”と言った方が正確だ。

なにしろ、その大型犬の大きさといったら、

“匹”というよりも、むしろ“頭”。

立てば、おじさんの背丈くらいはありそうな上、

まだ若いのか、それともそういう気質なのか、

あらゆる人や物に興味を示しては、思いのままに動き回り、

小柄なおじさんを翻弄していた。

 

「こんにちはー!こんにちはー!」

おじさんは、犬に翻弄されながらも、

すれ違う人すれ違う人に、挨拶をしながら歩いている。

顔の広い人なのか?と思ったら、誰というわけではなく、

それどころか、人・物・事の垣根すら飛び越えて、

無差別に挨拶をしている様子だ。

どうやら、犬の気持ちを代弁しているという設定らしい。

 

そうか、あの大型犬は、世界中に向かって「こんにちはー!」

と言っているのか、と思った。

なんだかすごく、かっこいいと思った。

あの犬になったつもりで、見慣れた道を眺めてみた。

少し、ウキウキした。

10cmくらいの 2014.01.13

monosashi

monosashi

住宅街を歩いていると、

よく手入れされた生け垣から、

1本だけ、にょきっと伸びた枝がある。

10cmくらいだ。

 

あらあら、切り忘れ?と思ったけれど、

1本だけそんなこと、あるだろうか?

そこだけ残して切る事は、

かえって難しいように思えた。

 

もしかしたら、わざと残したのではないだろうか?

それとも、枝の生命力がそこだけ異常に強くて、

一夜にして伸びてしまったのだろうか?

 

どちらにしても、可愛らしいと思った。

なんだかとても尊いものを見たような気がして、

その枝にちょこんと触れてから、歩き出した。