
「まちのひろばのどうぶつたち」は、
以前作ったカレンダーに登場する動物たちと、
時々街中で感じる象みたいな匂いと、子供の頃のある体験が、
パズルみたいにくっついて出来たお話だ。
(report お話のはじまりのお話 1 2015.02.21)
今日は、子供の頃のある出来事について、書こうと思う。
小学校の頃だった。まだ、10歳にもならない頃だ。
その時のクラスに、ひとり、喋らない生徒がいた。
挨拶をしても、話しかけても、下を向いたまま喋らない。
私は、よく分からないながらも、あの子はきっと、
喋れない病気なんだな、と思っていた。
その子はいつも1人だったけど、
からかったり、意地悪をしたりする子は、いなかったと思う。
きっとみんな、私と同じように感じていて、
なんとなく、そっとしておくのがいいのかな…、
と思っていたのだと思う。
そんなある日の事だった。
ホームルームの時間に、先生がこんな話を始めた。
「このクラスに、誰よりも
お掃除を一生懸命やってくれる子がいます。
みんなは知らないと思うけれど、その子は休み時間、
先生の黒板消しを、いつもきれいにしてくれます。
短いチョークを新しいチョークに替えてくれます。
教室にお花を持ってきてくれたり、
花瓶の水を、毎日替えたりしてくれます。
誰だか分かりますか?」
教室中が、ざわざわした。
みんな、誰の事だか分からなかったのだ。
それを制するように、先生は静かに、
でもよく通る声で、こう続けた。
「それは、◯◯さんです。」
それは、喋らないあの子の名前だった。
多分私は、その子より後の席だったのだろう。
教室中の生徒たちが、一斉に振り向いて、
その子の事を見た光景を、今でも鮮やかに覚えている。
オーラという言葉を簡単に使いたくはないけれど、
やっぱりあれは、オーラというようなものだったと思う。
その子から、その子の色が、光の粒になって、
教室中に広がって行くのが、その時は本当に見えた。
私はただただ、すごいと思って、体の中がザワザワして、
なんだか泣いてしまいそうだった。
当時は言葉に出来なかったけれど、今思えば、
心を揺さぶられる、とか、感動する、という事だったと思う。
その日をきっかけに、その子が活発な子になった。
…なんて事はなくて、変わらず大人しい子だったけれど、
話しかけるとうなづいてくれたり、短い返事をしてくれるようになった。
喋れないわけではなくて、きっと、極度の人見知りだったのだろう。
その子はずっとその子だったけれど、はっきりと変わったものがあった。
それは、周りの生徒たちが、その子について知ったという事だ。
それは、静かだけれど、大きな変化だった。
あれからだいぶ年月が経ち、この絵本を書きはじめて、
ひとつ、気付いた事がある。
私は当時、その子の事を、
誰にも気付かれないのに善い事をするなんて、天使みたいな子だなぁ!
と思っていたけれど、それはちょっと、違っていたかもしれない。
確かにその子は、優しい子だったと思うし、それは間違いではないけれど、
それだけではなかったのではないか?と、思うようになった。
あの子がしていた事は、決して慈善のようなものではなくて、
あの子にとって、それが唯一の、
教室という世界と繋がるための方法だったからかもしれない、
と思うようになった。
やっぱりどこかで、誰かに気付いてほしかったのかもしれない、
と思うようになった。
そう思うと、その切実さに、少し胸が痛んだ。
でも、あの子は楽しくもあったのかもしれない、と思った。
例えば先生が、新しいチョークで字を書くとき。
例えば誰かが、花を見ている時。
まるで、いたずらが成功した時みたいに、嬉しかったのかもしれない。
切実さの中で、きっと少し。
それに気付いてから、
切なさよりも、楽しさが前に出たお話にしたくなった。
ずっと、柔らかい光に包まれたようなお話にしたくなった。
今まで自分が書いた中で、1番優しいお話になった。