お話のはじまりのお話2 2015.02.25

2015.02.25

「まちのひろばのどうぶつたち」は、

以前作ったカレンダーに登場する動物たちと、

時々街中で感じる象みたいな匂いと、子供の頃のある体験が、

パズルみたいにくっついて出来たお話だ。

(report お話のはじまりのお話 1 2015.02.21)

今日は、子供の頃のある出来事について、書こうと思う。

 

小学校の頃だった。まだ、10歳にもならない頃だ。

その時のクラスに、ひとり、喋らない生徒がいた。

挨拶をしても、話しかけても、下を向いたまま喋らない。

私は、よく分からないながらも、あの子はきっと、

喋れない病気なんだな、と思っていた。

その子はいつも1人だったけど、

からかったり、意地悪をしたりする子は、いなかったと思う。

きっとみんな、私と同じように感じていて、

なんとなく、そっとしておくのがいいのかな…、

と思っていたのだと思う。

 

そんなある日の事だった。

ホームルームの時間に、先生がこんな話を始めた。

「このクラスに、誰よりも

お掃除を一生懸命やってくれる子がいます。

みんなは知らないと思うけれど、その子は休み時間、

先生の黒板消しを、いつもきれいにしてくれます。

短いチョークを新しいチョークに替えてくれます。

教室にお花を持ってきてくれたり、

花瓶の水を、毎日替えたりしてくれます。

誰だか分かりますか?」

 

教室中が、ざわざわした。

みんな、誰の事だか分からなかったのだ。

 

それを制するように、先生は静かに、

でもよく通る声で、こう続けた。

「それは、◯◯さんです。」

それは、喋らないあの子の名前だった。

 

多分私は、その子より後の席だったのだろう。

教室中の生徒たちが、一斉に振り向いて、

その子の事を見た光景を、今でも鮮やかに覚えている。

オーラという言葉を簡単に使いたくはないけれど、

やっぱりあれは、オーラというようなものだったと思う。

その子から、その子の色が、光の粒になって、

教室中に広がって行くのが、その時は本当に見えた。

私はただただ、すごいと思って、体の中がザワザワして、

なんだか泣いてしまいそうだった。

当時は言葉に出来なかったけれど、今思えば、

心を揺さぶられる、とか、感動する、という事だったと思う。

 

その日をきっかけに、その子が活発な子になった。

…なんて事はなくて、変わらず大人しい子だったけれど、

話しかけるとうなづいてくれたり、短い返事をしてくれるようになった。

喋れないわけではなくて、きっと、極度の人見知りだったのだろう。

 

その子はずっとその子だったけれど、はっきりと変わったものがあった。

それは、周りの生徒たちが、その子について知ったという事だ。

それは、静かだけれど、大きな変化だった。

 

あれからだいぶ年月が経ち、この絵本を書きはじめて、

ひとつ、気付いた事がある。

 

私は当時、その子の事を、

誰にも気付かれないのに善い事をするなんて、天使みたいな子だなぁ!

と思っていたけれど、それはちょっと、違っていたかもしれない。

確かにその子は、優しい子だったと思うし、それは間違いではないけれど、

それだけではなかったのではないか?と、思うようになった。

 

あの子がしていた事は、決して慈善のようなものではなくて、

あの子にとって、それが唯一の、

教室という世界と繋がるための方法だったからかもしれない、

と思うようになった。

やっぱりどこかで、誰かに気付いてほしかったのかもしれない、

と思うようになった。

そう思うと、その切実さに、少し胸が痛んだ。

 

でも、あの子は楽しくもあったのかもしれない、と思った。

例えば先生が、新しいチョークで字を書くとき。

例えば誰かが、花を見ている時。

まるで、いたずらが成功した時みたいに、嬉しかったのかもしれない。

切実さの中で、きっと少し。

 

それに気付いてから、

切なさよりも、楽しさが前に出たお話にしたくなった。

ずっと、柔らかい光に包まれたようなお話にしたくなった。

今まで自分が書いた中で、1番優しいお話になった。