アスパラか みつあみか 2014.12.11

mitsuami

mitsuami

久しぶりに、“アスパラガス”というお菓子を食べる。

懐かしい。

子供の頃は、このお菓子の事を、“みつあみ”とよんでいた。

 

「みつあみ、たべたい」

「みつあみ、ちょうだい」

「みつあみ、かって」

「みつあみ、おいしい」

 

似てると思うんだけどなぁ、今見ても。

アスパラよりも、みつあみに。

 

でも、“みつあみ”だと、あまり食べたくないかもしれない。

子どもの頃は、そんな事、思わなかったけれど。

ジャガイモ前線 2014.12.08

imo

imo

わけあって、ジャガイモの収穫時期について、

気になりはじめる。

春だったような気もするし、秋だったような気もする。

調べてみる。

 

ジャガイモは、日本のどこかで、いつも旬だという事を知る。

冬に南で収穫が始まり、次第に北上し、

秋には北に達するという。

北での収穫が終わった頃、また南での収穫が始まるそうだ。

産地ごとの収穫時期を把握していれば、

いつでも旬のイモを食べられるという事になる。

イモ通の間では、桜前線ならぬ、

「ジャガイモ前線」なんていう言葉もあるようだ。

 

知らなかった。

日本のどこかで、いつもイモができているなんて。

年中、イモができている。

こうしている今も、イモが。

ボコボコ、ゴロゴロと、土の中ではイモが。

 

すごいと思った。

イモの底しれぬ力に、ドキドキした。

もっとイモを食べようと思った。

食べなければならない、と思った。

自由の気配 2014.12.05

jiyuu

jiyuu

遊歩道を歩いていると、奇妙な動きをしているおじさんがいる。

ちょこまかと小走りに数メートル進んだかと思うと、

一旦止まってお辞儀のように上半身を前方に傾ける、

という動作を1セットとして、それをくり返しているのである。

 

何をしているのかと見ていると、

どうやら「ほっこり写真」を撮っているようなのだ。

 

「ほっこり写真」とは、

呼び方が分からないので、今思いつきで付けたのだけど、

ほっこり系の趣向を持った女の子が、

SNSのプロフィール写真などで使用している、

地面と自分の靴を自撮りした写真の事である。

 

私は撮った事が無いので、推測に過ぎないけれど、

あれは、芝生だとか花だとか落ち葉だとか、

そういった自然のものに調和する趣向の、

可愛らしい靴や靴下である事がポイントとなってくるのだろうし、

それゆえに、ほっこり系の女の子独特の文化になっている、

というのは、そんなにズレていない認識だと思うのだけど。

 

驚いた。

スーツ姿のおじさんが、スーツ姿の足元を、

落ち葉と組み合わせて自撮りしている。

夢中になって、冬の晴れた昼下がりに。

 

ちょこまかと移動しているのは、

いい感じに落ち葉が落ちている箇所を探しての事だろう。

静かな遊歩道に、カシャ、カシャ、というシャッター音が

何度も響いた。

なかなか納得のいく写真が撮れないようだ。

 

おじさんが、お気に入りの1枚を撮れるといいな、

と思いながら、それを見届けずに帰った。

冷たく乾いた空気の中に、自由の気配が満ちていた。

狛犬風 2014.12.05

141205

141205

今描いている絵本は、街のお話なので、

遠い国の町並みや建物を見ながら描いている。

写真の絵は、ある国の立派な建物を参考にした。

 

入口の両端に、本当は、

勇ましいライオンの像があるのだけど、

馬のような犬のような、変な生き物に変えた。

狛犬風に、片方の馬犬は口を開けている。

間抜け面で気に入っている。

 

こんな風に、こっそりとふざけるのが好きだ。

狛犬風に、誰か気付くといいな。

見えない銀行 2014.12.03

ginkou

ginkou

しばらく前の事だ。

 

目の前を歩くおじさんが、

ものすごく長くて大きなオナラをしたのだ。

ぶーーーーー、と。

本人にそのつもりはなかっただろうけど、

結構な至近距離であり、

ひっかけられたと言っても、言い過ぎではない。

 

でも、特に腹は立たなかった。

「代わり」に、何かいい事があるだろう、

と思ったからである。

 

おじさんに、長くて大きなオナラをされた事を、

ちょっとした不運(仮に-50とする。普通程度のオナラの場合は-10)

とすると、ちょっとした幸運(仮に+50とする)が、

運を扱う見えない銀行のようなところ

(個人の運が常に±0になるように管理している)から支給され、

何かいい事が起こるだろう、と思ったわけだ。

だから、腹が立つどころか、楽しみにさえしていた。

 

ところが、しばらく経った今、

ちょっとした幸運は、まだ起こっていないのである。

段々、腹が立ってきた。

見えない銀行は、私にちょっとした幸運を、

速やかに支給するべきだ。

 

と、怒ったはずみで、ある事を思い出した。

アメンボの事だ。

少し前に、季節はずれのアメンボを見て、

はしゃいだ事があったけれど、

まさか、あれだろうか…?

 

季節はずれのアメンボを見た事を数値化すると、

大体+30〜50といったところだろう。

何やら、辻褄があってきた。

どうやら私は、アメンボに幸運を使ってしまったらしい。

アメンボには悪いけれど、少し残念だ。

 

それにしても、

おじさんのオナラをアメンボで埋めてくるとは、

見えない銀行は、そつが無いなぁ、と思った。

シロを失う 2014.11.30

shiro

shiro

作業中、あるはずの白い絵の具が見つからない。

よくある事だ。

絵の具箱の中をガサゴソと探す。

 

なかなか見つからないので、思わず口に出す。

「白、白、白…」

 

床に落っこちてはいまいかと、机の下を覗き込む。

「白、白、シロー!」

 

なんだか、シロという名前の犬を

呼んでいるような気がしてきた。

「シーロ、シロ、シロー」

 

シロがどこかに行ってしまって、

悲しいような気持ちになってきた。

私は今も、今までも、

シロという犬を飼った事なんてないのに。

 

絵の具の事など、どうでもよくなって、

シロについて考えた。

シロは白くて、中くらいの大きさで、

少し愚鈍だけど、とても気のいい犬なのだ。

空のお皿をずっと舐めてしまうような、

ボロボロの毛布が、何よりも気に入っているような、

素朴な性質の犬なのだ。

遠吠えが下手クソで、むせているようにしか見えない、

不器用な犬なのだ。

あー可愛いなぁ。シロに会いたいなぁ。

 

歌の歌詞ではないけれど、探すのをやめると、

見つかるというのはよくある事で、

白い絵の具は、目の前の机の上に転がっていた。

 

絵の具なんて、なんだ。

無くしたって、また買えばいいんだ。

シロはお金じゃ買えないんだ。

と、いうような気持ちになった。

 

失うどころか最初から存在すらしない、

シロを失った喪失感で、私の心はいっぱいだ。

不思議だなぁ。

先にご褒美 2014.11.28

20141128

20141128

早々に、表紙のデザインを見せていただいた。

文字を作っていただいたのが、

とても素敵になっていて、嬉しい。

 

今までは、中身が終わってから表紙の絵を描いて、

デザインは本当に最後(多分それが一般的)

だったけど、今回は諸事情で先に進めている。

 

私は、原画より印刷物の方が好きで、

絵だけより、文字が組み合わさった物が好きだから、

デザインをしてもらうのが、いつも本当に楽しみで、

「頑張ったご褒美」みたいに思っていたから、

先にご褒美をもらってしまって、不思議な気分だ。

 

中身の方は、起承転結の転に入った。

後半だけど、まだまだこれから。

 

写真は、色を決めるために描いた、

冬の場面の習作。

キーゼルバッハ部位 2014.11.26

kiessel

kiessel

寒い上に、雨が続いて憂うつなので、

最近覚えた「キーゼルバッハ部位」という言葉を

頭の中でくり返して、なんとかしのいでいる。

 

キーゼルバッハ部位とは、

鼻の中の鼻血が出やすい部位の名前で、

鼻血の原因のほとんどが、

キーゼルバッハ部位損傷によるものという。

 

キーゼルバッハ部位。

なんて愉快な言葉だろう。

鼻血が出やすい部位の名前、

というのが笑いを誘うのは言うまでもないけれど、

その響きがまた軽快で、

意味と音の相乗効果で人の憂うつを吹き飛ばしてくれる、

なんとも優秀な言葉だ。

 

キーゼルバッハ部位。

キーゼルバッハ部位。

もしも私に自意識がなければ、

ずっと口ずさんでいるだろう。

 

キーゼルバッハ部位。

キーゼルバッハ部位。

憂うつが吹き飛ぶよ。

 

キーゼルバッハ・ブイ。

キーゼルバッハ・ブイ。

なんだか、魔法の呪文みたいだ。

どんな魔法かというと、

例えば、イヤなやつに鼻血を出させるとか、

まぁ、そのあたりの魔法だろう。

枯れ木と珊瑚 2014.11.25

kareki

kareki

冬の絵を描いていた。

描き終わった絵を見て、ふと思った。

枯れ木と珊瑚は似ている。

形が似ているという事は、

きっと何かが同じなのだろう。

ちゃんとしてない 2014.11.23

kareha

kareha

今日は暖かかったので、

もしかすると、アメンボがいるかもしれないと、

遊歩道の小川沿いを歩いて探す。

 

調べによると、アメンボの活動は10月まで。

11月は冬眠に入っているはずではあるけれど、

人間でいうところの「宵っぱり」というか、

まだ冬眠せずに、閑散とした小川を悠々と滑っている

少数派がいるかもしれない、と予測したのだ。

 

すっかりオレンジ色になった桜の木の下を、

水面に目を凝らして歩いた。

時々自分の靴が、枯葉を踏むサクッという音が聞こえた。

アメンボは、見つからなかった。

 

ちゃんとしてるなぁ、と思った。

アメンボは、真面目だ。

 

なんだかつまらないような気持ちになって、

帰ろうとした時だった。

例の波紋が見えた。

ちゃんとしてないアメンボが、一匹だけいたのだ。

浮いている枯葉を得意気によけながら、

仲間のいなくなった水面を闊歩している。

 

しばらくそれを眺めて、満足した気持ちで帰った。

あのアメンボが人間だったら、仲良くなってみたいものだ。

きっと、愉快なやつだろう。