再校待ち 2015.02.08

2015.02.08

2015.02.08

新刊絵本の方は、初校の戻しが終わって、

今は再校待ちだ。

大問題だった象の尻尾は、色校中に、

無事に描き足した。

失敗しなくてよかった。

再校で、いい色になるといいなぁ。

 

待っている間に、次の絵本の準備と、

毎年億劫な、確定申告の作業。

 

写真は、次回作の色の感じとか、雰囲気とかを

考えているところ。

画材屋さんで、赤い絵具を色々と集めてみた。

赤ばかり買ったから、変な人だと思われたかもしれない。

 

確定申告は、一向に気持ちが向かないので、

ビールを飲みながらやっている。

自由業は大変だ…、とよく思うけれど、

会社でこんな事をしたら、

怒られるどころかクビになるだろうから、

やっぱり自由業でよかったなぁ、と思う。

祭のあと 2015.02.05

mizore

mizore

先日、例の天狗まつり・鳩界の大祭が行われた。

(詳細→鳩たちの増加 2015.01.22)

ところがそこでは、予想外の事が起きていたのだ。

 

天狗一行が豆をまいたそばから、

大学生風のボランティア団体が、清掃をしている。

その素早さと一生懸命さとクリーンな雰囲気は、

某遊園地にも引けをとらないほどの素晴しさで、

近隣の人たちの助けになったに違いないけれど、

この日を生き甲斐にしてきたであろう鳩たちの

無念さを思うと、なんともやり切れない。

悲しい気持になって、たいして祭を鑑賞する事もなく、

その日は帰宅したのであった。

 

良かれと思ってした事が、

誰かの生き甲斐を奪ってしまう事もあるのだ。

みんなの幸せというのは、なんて難しいのだろう。

そんな事を悶々と考えて、数日が経った今日。

 

冷たいみぞれが降る商店街の一角で、鳩の群を見た。

アスファルトの溝に残っていた僅かな豆カスを、

皆夢中で啄んでいる。

水溜りには豆カスが溶けた豆汁的なものが出来ていて、

これもいける、といった様子で、飲んでいる鳩もいる。

そうこうしている間にも、新たに飛んでくる鳩がいる。

クルルクルル…という鳴き声が、みぞれの音にまじって

かすかに響いていた。

 

よかった。

鳩たちの豆にかける想いに、胸がいっぱいになった。

みんなが幸せになる方法は、きっとある、と思った。

しっぽが欠けています 2015.02.03

2015.02.03

2015.02.03

先日納品した新刊絵本の初校があがってきたので、

色校をしに、版元さんに伺う事にした。

出かける準備をしていると、編集さんからメールを頂く。

 

今日はよろしくお願いします、といった内容のあとに、

「◯ページの象のしっぽが欠けています」とある。

印刷の際に、何かの手違いでちょっと欠けてしまった、

という程度のことを想像して、◯ページを見て驚愕した。

 

欠けている、と柔らかい表現にして下さっていたけれど、

しっぽの房の部分が、そっくりそのままなかったのだ。

印刷の手違いでも何でもない。

ただただ、私が描き忘れていたのだ。

 

納品前も、あんなに確認したし、

送っていただいた初校も、

やれ、ここにゴミがついてるだの、ここが黒すぎるだのと、

あんなに確認したのに、全然気付いていなかった。

 

恐ろしいことだ。

木を見て森を見ず、とは、このことだなぁ、と思った。

気付いてもらえて、本当によかった。

「インクとペンを持って伺います」と返信をして、家を出た。

鳩たちの増加 2015.01.22

hato

hato

ここ数日、ひそかに鳩が増え続けている。

ちょっと外に出ると、鳩に会う。

少し歩けば、また鳩に会う。

ふと見上げれば、鳩が飛ぶ。

 

1番顕著な例は、いつも駐車場に1羽だけでいる鳩が、

3羽に増えている事だ。

辺りの鳩が、およそ3倍に増えているという事だろう。

これはもう、例の祭が近付いているからに、違いないのである。

 

例の祭というのは、「天狗まつり」といって、

天狗が街中を練り歩きながら、道中で豆まきをするという、

近所の節分的な祭の事である。

 

大変シンプルな祭なので、街が興奮に包まれるという事はなく、

人々は割と冷静な態度なのだけど、鳩たちの意欲は相当なもので、

「祭のあと」というと、一般的には物寂しい雰囲気が漂うものだけれど、

鳩たちに関してはそれは皆無、むしろ祭は終わらない、といった様子で、

その後1週間ほど、街は豆の潰れたキナ粉臭と、鳩たちの熱気と、

クルルクルル…、という鳴き声に包まれ続けるのである。

 

その、鳩界の大祭が近づいている。

鳩は、天狗まつりの告知ポスターを読んだり、

天狗まつりについての噂話を理解したりはしないだろうけれど、

本能的に、そろそろじゃないか?と勘付いて集結し、

その日に備えているに違いないのだ。

 

高下駄を履いた、1人で歩けない天狗の切なさ。

街の人たちの冷静さ。

そして、鳩たちの熱気。

 

そのバラバラな、自由な感じを想うと、胸がきゅうとなる。

ひとつだって、欠けたらイヤだ。

 

私も、あの祭を心待ちにしているのかもしれない。

勿論、鳩たちの想いには、とてもかなわないけれど。

納品 2015.01.20

20150120

20150120

制作していた絵本の原画を納品した。

 

今回は、不思議な動物たちが登場するお話で、

その不思議さが当たり前の世界だとつまらないから、

ある程度現実感のある絵にしたくて、

それが自分なりに挑戦したところだった。

今までで、1番絵に時間がかかったし、

時々、「どうして街を舞台にしたんだろう…

野っ原を舞台にしていれば…」なんて

思ったりもしたけれど、やっぱり街を描けてよかった。

 

写真は、納品前に、原画と習作にお別れをさせているところ。

左の、トレーシングペーパーがかかっている方が原画。

右が習作。

原画が習作に「いってきます」と言っている気がする。

世界中にこんにちは 2015.01.19

inu

inu

遊歩道の向こうから、奔放そうな大型犬を連れた、

小柄なおじさんが歩いて来る。

 

“連れた”と書いてはみたものの、

実際は、“連れ回されている”と言った方が正確だ。

なにしろ、その大型犬の大きさといったら、

“匹”というよりも、むしろ“頭”。

立てば、おじさんの背丈くらいはありそうな上、

まだ若いのか、それともそういう気質なのか、

あらゆる人や物に興味を示しては、思いのままに動き回り、

小柄なおじさんを翻弄していた。

 

「こんにちはー!こんにちはー!」

おじさんは、犬に翻弄されながらも、

すれ違う人すれ違う人に、挨拶をしながら歩いている。

顔の広い人なのか?と思ったら、誰というわけではなく、

それどころか、人・物・事の垣根すら飛び越えて、

無差別に挨拶をしている様子だ。

どうやら、犬の気持ちを代弁しているという設定らしい。

 

そうか、あの大型犬は、世界中に向かって「こんにちはー!」

と言っているのか、と思った。

なんだかすごく、かっこいいと思った。

あの犬になったつもりで、見慣れた道を眺めてみた。

少し、ウキウキした。

10cmくらいの 2014.01.13

monosashi

monosashi

住宅街を歩いていると、

よく手入れされた生け垣から、

1本だけ、にょきっと伸びた枝がある。

10cmくらいだ。

 

あらあら、切り忘れ?と思ったけれど、

1本だけそんなこと、あるだろうか?

そこだけ残して切る事は、

かえって難しいように思えた。

 

もしかしたら、わざと残したのではないだろうか?

それとも、枝の生命力がそこだけ異常に強くて、

一夜にして伸びてしまったのだろうか?

 

どちらにしても、可愛らしいと思った。

なんだかとても尊いものを見たような気がして、

その枝にちょこんと触れてから、歩き出した。

面倒な鷺 2015.01.07

sagi2

sagi2

近所の小川に、今年もあいつがやって来た。

あいつというのは、一羽の鷺の事である。

鷺には色々な種類があって、

渡るのと渡らないのといるらしいのだけど、

冬になるとやって来るので、あいつは渡る方だろう。

 

今の家に住み始めた最初の年は、大変びっくりした。

いつも通る遊歩道沿いの小川に、

ちょっとした人だかりが出来ていたので何かと思ったら、

皆写真を撮ったり、あーとか、おーとか言いながら、

一羽の鷺を見ていたのである。

田舎育ちの私にとって、それは衝撃的な光景だった。

 

私だけではなく、おそらく地方出身の者にとって、

鷺という鳥は、冬になると徒党を組んで現れては、

無目的な様子で禿げた田んぼをウロつきまわっている、

といった印象の生き物で、

「なんだ鷺か」とか、「また鷺か」と言われる事はあっても、

決してチヤホヤされるような鳥ではないのである。

 

その鷺が、なぜかチヤホヤされてる。

そういえば、東京で鷺を見るのは、私も初めてかもしれない。

なるほど、都会育ちの人たちには珍しいのか、と思った。

 

でも、何か引っかかった。

そもそも鷺は、グループ行動が常であるはずなのに、

なぜこの鷺は、単独行動なのだろう?

 

それで、ピンときた。

あの鷺は、チヤホヤされたいがために、

孤高の鷺を気取っているのではないか?

群からはぐれたという可能性もない事はないけれど、

そういうのは、見ればわかる。雰囲気で。

やつは明確な下心をもって、自らの意思で群を外れ、

敢えて鷺率の低い地域を渡り歩いている、

人間でいうところの、面倒なタイプに違いないのである。

 

私は腹を立てた。

それは、母国ではからっきしそうな外国人男性が、

日本でチヤホヤされてブイブイいわせているのを

見た時と同じ種類の腹立ちだった。

 

「なーんだ鷺か!」

と、子供のように言いたい気分になったけれど、

愉し気に鷺を見る人たちに水を差すのは悪いので、

私はそれをお腹におさめた。

 

あれから3年、あいつは毎年欠かさず、チヤホヤされにやって来る。

せいぜい、やつが冬眠中のアメンボを食べる等の

卑怯行為をはたらかないように、目を光らせるのみだ。

お年玉 2015.01.04

hoshi

hoshi

真夜中に、洗濯物を取り込み忘れていた事に気づく。

 

新年早々やってしまった。

と思って、寒々しいベランダに出てみたら、

月と星がとてもきれいだったのである。

 

何だか得をした気分になった。

なかなかの年明けだ。